農業収入ゼロの百姓が気ままに綴る日々
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雨読メモ26/18 『原民喜』 2018/10/30

 もう10月も終わり。気づけば晩秋がすぐそこまで来ている。元家具職人さんが、今年も菊を軒下に飾ってくれた。だが、しばらくブログ更新どころではなかった。

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というのも、冬に備えて風呂を沸かす薪を運び込まねばならない。20日から8日間、山に積んである薪を家に運び続けた。運んだ薪を家の裏に積む。大量にあるのでホームセンターで鋼管を調達し、クランプでつないで小屋のような仕掛けをつくった。高さ3メートル、幅1.8メートル、奥行き4メートル。

山で運搬車に積み込み、家に帰ってまた小屋に積む。1往復2時間、13往復が限度。それで24往復。肩は凝る、腰は痛い。それでもせっかくつくった薪だから、山で朽ちさせるわけにはゆかない。くたくたに疲れた。

日本シリーズをテレビ観戦しながらうとうと。第一戦は目覚めたらまだ延長戦の最中。第二戦は鈴木のタイムリーを見逃した。

          ************

雨読メモ 原民喜』(梯久美子著・岩波新書・20187月刊)

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 岩波新書はおなじみのカバーつきだが、この本はさらにカバーがついている。新書創刊80周年とあるが、ダブルのカバーは岩波のお堅いイメージを払拭するねらいがあったのではないかと想像する。

副題に「死と愛と孤独の肖像」とある。愛する妻に先立たれ、孤独の中、郷里広島で原爆に遭遇し、1951313日夜、鉄路に身を横たえて自ら命を絶った。僕は彼の代表作『夏の花』しか読んだことはないが、これはフィクションではない。だから作家というか詩人としての彼はほとんど知らない。

梯さんというライターは、硫黄島の防衛を指揮して亡くなった栗林忠道を描いた『散るぞ悲しき』を読んでいた。取材・調査の入念さ、抑制された筆致に強い印象がある。そうでなければ、凡人が原民喜のような繊細な作家に関心を寄せることはなかっただろう。よくはわからないが、これで原民喜論は打ち止めになるかもしれない。

原爆に遭遇したのは原民喜だけではない。それでも、彼が自らの被爆体験をメモにし、それをもとに『夏の花』を書き残したという事実は、彼自身が「書かねばならぬ」という使命感のような感覚に揺り動かされた結果だろう。

複数の知人が、原民喜の作品に心酔していたのを知っている。仲間とともに熱心に作品研究もしていた。それらの知人が共通して「孤独」「孤高」の雰囲気を感じさせたのは単なる偶然だったのだろうか。
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by shimazuku | 2018-10-29 16:00 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ25/18 『斗南藩』 2018/10/13

 260年に及ぶ幕藩体制が崩壊して150年。勝者にとっては明治維新、敗者には戊辰戦争。自分なりに勝者でも敗者でもないところから過去を知ろうと、今年あれこれ本を読んだ。まだ釈然としないことが多々ある。

          ************

 

雨読メモ 『斗南藩』(星 亮一著・中公新書・20187月刊)

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 慶応から明治に改元されてのちに誕生した藩がある。斗南(となみ)藩。

 この幕政時代にはなかった新藩は明治2(1869)年、本州最北端・下北の南部藩領内に設けられ、廃藩置県によってわずか1年半で消えた。戊辰戦争で朝敵とされ、いわば流罪のように会津を追われた人たちの惨憺たる生活の場となった。

 ことし53日の本欄で『ある明治人の記録』(中公新書)を書いた。会津から斗南藩へ移り、苦難の末に陸軍大将に上り詰めた柴五郎の一代記。これを個人の記録とすれば、本書は朝敵の名のもと塗炭の淵にあえいだ旧会津藩の足跡といえよう。

会津から斗南へ移住を余儀なくされた藩士は、正確な数字は分からないが家族を含め17.000人前後とされる。まともな家も農地もなく、寒冷の地でその日の食事にも事欠く暮らし。武士とその家族たちは、苦い体験をいろいろな形で記録し、未来への夢も語り合っている。

しかし、飢えと寒さと差別への忍耐にも限度がある。藩を抜け出したり、北海道へ出稼ぎに出たり、江戸へ向かった人たちもいる。それでも斗南に踏みとどまって、様々な形で糊口をしのいだ人のほうが多い。そして、もとからこの地に暮らす人にとって、新来者は知識人集団でもあった。

廃藩置県で移動が自由になったあと、お役人や教員として地域に根を下ろした人、牧場を開いた人、軍人になった人…。彼らの多くは、自分たちの運命を左右した木戸孝允への言い知れぬ恨みを抱き続けた。世に言う「維新の功労者」も斗南に生きる人にとっては敵も同然だった。

著者はあとがきに「長州と仲良くはするが、仲直りはしない」という会津の格言を書き留めている。殴った人は忘れても、殴られた人はその痛みを決して忘れてはいないということか。長州と会津の和解の集いがメディアで報道されたりするが、あくまでも表向きに過ぎないのかもしれない。

学生時代の同級生に会津・猪苗代出身の男がいる。温厚な彼は山口県人にたいして特別な感情を示したことはない。それでも、わだかまりはあっただろう。本書を読みながら、学生の頃の彼の言動を思い出そうとしたが、それらしい記憶はよみがえらなかった。

薩長土肥が手を取り合って新しい国造りを、などという能天気な会合がニュースになったのはつい最近のこと。わずか1年半に過ぎなかった斗南藩だが、北辺の地に骨をうずめた人たちの墓地が見捨てられていると本書にあった。もはや墓碑の判読もままならないとも。旧斗南も同じ日本のはずだが…。

著者は1935年仙台生まれ。福島民友の元記者。


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by shimazuku | 2018-10-13 15:00 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ24/18 『昭和の怪物 七つの謎』 2018/10/10

 プロ野球のレギュラーシーズンも終わりが近づき、きょう10日からセリーグは消化試合で寂しい気分。6日のカープ最終戦は3-4で横浜に競り負けた。それだけではない。丸のホームラン王はソトにさらわれ、大瀬良の最多勝も菅野と並んだまま終了。最終戦敗北はリーグ3連覇を果たしたカープにとって画竜点睛を欠く結果に。

          ************

雨読メモ 『昭和の怪物 七つの謎』

(保阪正康著・講談社現代新書・20187月刊)

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 著者の保阪さんは、半藤一利さんと並んで僕の好きな歴史家である。なによりバランス感覚がいい。一つの思想に凝り固まったところがないし、むろんネトウヨとも無縁。歴史と真正面から向き合う姿勢が行間から伝わってくる。「まさに」「完全に」「真摯に」など嘘っぽさ満載のどこかの総理とは違って、言葉を額面通り受け止められる安心感がある。

 昭和の怪物とは、東條英機、石原莞爾、瀬島隆三、そしてニュアンスは異なるが犬養毅、吉田茂、渡辺和子。

はじめの3人は陸軍で秀才と呼ばれた。著者によると東條は単に小心な軍官僚にして国を破滅に導いた。石原は東條と犬猿の仲だったのが幸いして東京裁判で裁かれることもなく、「世界最終戦論」という不思議な本を残した。瀬島はシベリアに抑留され、帰国後自らの足跡を改ざんしつつ伊藤忠商事会長、中曽根政権時代は行革臨調など政治の舞台にも。ソ連スパイ説を引きずったまま没した。

5.15事件で殺害された犬養に関しては、むしろ孫娘・道子についての記述が中心。吉田は在職末期は長期政権が飽きられた。しかし、没後に軽武装、経済復興の功績に光が当たった。日米安保条約に一人で署名したのも、責任を背負い込んだためだと。安保の軛から解放されるのはいつか。

渡辺は2.26事件で陸軍教育総監だった父を目の前で殺害され、のちにクリスチャンの洗礼を受けた。晩年は岡山のノートルダム清心学園理事長に就任、彼女のエッセー集『置かれた場所で咲きなさい』は今も書店に平積みされている。

 生前、著者のインタビューに応じた渡辺は「2.26事件は私にとって赦しの対象から外れている」と驚くような言葉を口にしている。<赦し>を説く彼女が「赦さない」と。赦されざるもの。彼女の視線は手を下した青年将校ではなく、皇道派指導者の荒木貞夫、真崎甚三郎に向けられている。

著者はこれら昭和を彩った人たちの親族、腹心の部下といった身近な人とのインタビュー、膨大な著作などを通して<怪物>たちの素顔に迫る。その過程からも真実を知ろうとする姿勢が伝わってくる。東條や瀬島に向けるまなざしの厳しさに気圧された。


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by shimazuku | 2018-10-10 09:31 | 雨読ノート | Trackback | Comments(0)

雨読メモ23/18 『楽園のカンヴァス』 2018/10/02

 前回の「雨読メモ」<暗幕のゲルニカ>で著者・原田マハの胸のすくような筆致に気圧されて、もう1冊美術サスペンスを手に入れた。そしてまた一気に読んだ。その間、カープのリーグ3連覇、台風24号などあって、そちらの情報も気にはなったが、面白い本は何物にも代えがたい。

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雨読メモ23/18 『楽園のカンヴァス』

(原田マハ著・新潮文庫・2014年刊)

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 僕は美術には全く疎い。伊藤若冲が評判だと知ると雑誌を買い込んでながめ、フェルメールがすごいと聞くと画集をめくって感じ入る。そしていっぱしの評論家気取りになるが、すぐに飽きる。

本書のテーマであるアンリ・ルソーの<夢>という作品(カバー写真参照)も、いつか何かで目にしたことがある、という程度で深くは知らない。それどころか、ルソーと聞けば、『社会契約論』のジャン=ジャク・ルソーを思い出して、「ああ、彼は絵も描いたのか」と早とちりして赤恥をさらす。

さて本題-。ルソー最晩年(1910年)の作<夢>には、1か所(裸婦の左手指先)を除いて全く同じ構図の<夢をみた>という作品がある。それがルソーの作品か、それとも贋作か。その真贋を、2人の専門家が、1冊の謎の書物を読み解いて鑑定するというのが、本書の主題である。

 鑑定を求めたのは<夢をみた>を所蔵する謎だらけの大富豪蒐集家。指名された2人とは、ルソー研究により26歳で博士号を取得したパリ在住の日本人女性と、<夢>を所蔵するMoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーター、ティム・ブラウン。

 謎の書物を読むのは豪邸の一室で決められた時間だけ。1日に1章ずつ、7章を読んで1週間後に大富豪の面前で鑑定結果を披露する。そして勝者は<夢をみた>のすべての取扱権利を手にできる、というルール。関係者が顔を合わせて昼食をとる以外は自由。

 自由時間には鑑定に当たる2人がお茶を飲んだり、外出もする。そこに国際刑事警察機構の関係者を名乗る女性が登場したり、日本人女性のプライバシーが明かされたり、さらにはティム・ブラウンと一字違いのトム・ブラウンという上司がいて、ミステリアスな展開となる。

 鑑定結果の報告からあとは逆転また逆転、さらにはどんでん返しが待ち受けていて、おもしろいといえばおもしろい。ただ、ここまでこんがらがると、韓ドラほどではないにしても、鼻白む印象も残る。でも読者をそらさない展開のテクニックはすごい。

 最後のオチがいい。鑑定を指名された日本人女性は、帰国後、倉敷の大原美術館の館内監視員に甘んじている。その彼女はルソーの<夢>を日本で展示する交渉役をMoMAのティム・ブラウンから逆指名され、<夢>の面前で2人は感動の再会を果たす。…この程度ならおそらくネタばらしにはなるまい。


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by shimazuku | 2018-10-01 23:57 | Trackback | Comments(0)