農業収入ゼロの百姓が気ままに綴る日々
by shimazuku
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
以前の記事
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
more...
最新の記事
77歳・スマホ 2018/1..
at 2018-12-12 14:56
雨読メモ29/18『ヤノマミ..
at 2018-12-03 12:06
雨読メモ28/18『ナショナ..
at 2018-12-01 11:27
雨読メモ27/18 『鉄道員..
at 2018-11-15 09:26
柴木川渓谷を歩く 2018/..
at 2018-11-11 22:12
記事ランキング
フォロー中のブログ
日替わり定食
山に暮らせば
隣のカモミール ~妻ラン...
最新のコメント
よう言った! パチパチ!
by toshi at 20:01
同感!
by toshi at 10:21
山口のタクシー会社さんの..
by umiko0 at 07:57
umikoOさん、コメン..
by shimazuku at 19:13
幼いころのタンポポと言え..
by umiko0 at 10:38
涙が出そうなくらい残念な..
by yumeko at 11:10
ぷっ♪ ま、メグ・..
by umiko0 at 13:52
高すぎる 信じられん ..
by anglimala at 21:44
なんでもプレオープンの入..
by 本当の噂話 at 23:30
はじめまして、zakky..
by zakky at 07:24
メモ帳
ライフログ
検索
ファン
画像一覧

<   2018年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ご飯論法 2018/05/29

最近、「これどういう意味?」という表現が目につく。年齢のせいだとは思うのだが、教えてもらっても1度や2度では覚えられない。

「ご飯論法」がネットをにぎわしているらしい。

「朝ご飯を食べたか」と聞かれて「食べていない」と答える。よくよく質してみると、パンを食べていた。朝ご飯を米食とパン食に厳密に区別して答えると、確かに「ご飯は食べていない」は虚偽ではない。

最近のモリカケ国会論議で気になっていたのはこのことだ。「〇月△日に加計さんとは会っておりません」と安倍首相が答弁すると、ならばほかの日に会っていたのだろうかと疑ってしまう。

もう1年余り続いているモリカケ問題。過去に似たような答弁ではぐらかしてきたことは皆無だったのか。国会もなめられたものだ。

法律に抵触しさえしなければ…という発想。日本人がことのほか大事にしてきた倫理がない。昨日の国会論議で安倍首相は、「金銭のやりとりはなかった」と、これまでの答弁をさりげなく修正した。どこまではぐらかし通すつもりなのだろう。為政者の情念が薄気味悪い。


[PR]
by shimazuku | 2018-05-29 09:30 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ14/18『徳川がつくった先進国日本』 2018/05/17

孫たちに送るイチゴを摘み取りながら、つまみ食いをしていたら、ホトトギスの鳴き声が聞こえてきた。初夏を実感する。

            **********

雨読メモ 『徳川がつくった先進国日本』

       (磯田道史著・文春文庫・2017/01刊)

d0165740_10335458.jpg

磯田先生の研究手法はちょっと変わっている。『武士の家計簿』も『無私の日本人』も、下級武士や庶民の記録を丁寧に読み込んで、時代の様相を浮かび上がらせた。鋭角的に切り込むのではなく、まあるく包み込んで、読み手を導いてくれる。

「落とした財布が戻ってくる日本…。こんな平和な日本にしたのは徳川です」と本書の帯にある。徳川時代は、泰平の世だったからこそ260年もの長期政権が続いた。そこには今日につながる日本人の心性の源があるのではないか。

本書はそれを従来の歴史観とは異なるキーワードによって解き明かしてゆく。第一章「鎖国が守った繁栄」、第二章「飢饉が生んだ大改革」、第三章「宝永地震-成熟社会への転換」、第四章「島原の乱-戦国の終焉」。

この章立てでわかるように、本書の記述は時代を逆にたどる。

ペリー来航(1853年)の半世紀前、ロシア船が通商を求めて来日する。それを追い払ったところロシア艦が松前藩を襲撃した。攘夷か開国かの論議が生まれ、開国要求を巧みにかわす過程で、従来なかった国民の生命・財産を守る思想が為政者に生まれ、外交も学んだ。

さらにさかのぼると、浅間山噴火、天明の飢饉(1787年)によって幕府・藩は「財政あって福祉なし」という欠陥を露呈した。ここで貧しい人たちを救済することの重要性に気づき、全国に公的な食料備蓄がすすんだ。

1707年、我が国は未曽有の地震・津波に見舞われた。それに富士山の噴火が追い打ちをかけた。八代将軍・吉宗はその直後に就任する。当時、急速に進んでいた新田の堤防があちこちで崩壊。ここでも為政者は新田開発という自然破壊に気づき、経済は低成長へ移行する。米つまり財偏重の生き方からの転換である。

さらにその前、島原・天草の乱は、武力による統治で永続性のある社会は築けないことを支配者である武士たちが気付いた。つまり長く続いた武力支配から脱却することの意味に思い至った。これもまた徳川260年への大きな転換点となった。

こうしてみると、江戸時代とは今日われわれが共有している価値観が芽生え、形作られた時代だった。磯田先生は経済一辺倒の政治の限界を語りたかったのだろう。

江戸時代といえば、法政大学の田中優子総長も江戸学の専門家だが、彼女が描き出す庶民の知恵、したたかさとはいささか趣を異にして、磯田流江戸時代観もまた興味深かった。


[PR]
by shimazuku | 2018-05-18 10:34 | Trackback | Comments(0)

田植え終了 2018/05/07

百姓を名乗っているからには、大型連休をのんびり過ごすわけにはゆかない。農繁期なのだ。年金生活に入ってからも、田植えは5月3、4、5日と決めている。少し早すぎるとも思うのだが、台風を避けて9月初旬に稲刈りをするには、このタイミングしかない。

 中学生の孫2人が帰省して苗運びを手伝ってくれた。小学生の頃は泥んこになっていたが、いまはそんなこともない。カエル、サワガニ、イモリに興味を示すこともなくなった。休耕田にキジがいても、いつもの風景なので大騒ぎしない。

 田植え機を使うと、田んぼの隅や機械が方向転換するところはあとから補植しなくてはならない。苗がうまく供給されないと苗を植えてくれない。それやこれやで、機械を動かす時間以上に補植に手間がかかる。これもまあ例年のこと。ただ、昨日、今日と雨続きだから、補植は明日以降に先送り。

 雨よけハウスにトマト、スイカを植えた。トウモロコシも苗床から出して移植した。ジャガイモの土寄せも済ませた。露地イチゴが熟れ始めたので獣と鳥に食べられないよう電気柵とネットを張った。グリーンピース、ソラマメがぐんぐん伸びる。孫たちが来てくれたおかげで、こうしたこまごました野菜の世話もはかどった。

 八戸に単身赴任していた長男は、2年の勤務を終えて4月末に神奈川へ戻ってきた。もう48歳。その子供たち、つまり僕の孫は大学と高校へ進んで新生活を始めたばかり。メールで送ってくれた写真を見ると、ずいぶん大人びてきた。

 自給自足だから切迫感は薄いが、それでも一応は百姓。お天とうさんと相談しながら、近々2度目の草刈りをしなければならない。書庫を見ると、買っただけで一度も目を通していない本がたくさんある。これらも読みたい。2、3冊ずつ持ち出してきて部屋に積んである。

 気分だけはゆったりと生きたい。


[PR]
by shimazuku | 2018-05-07 09:12 | Trackback | Comments(0)