雨読メモ 23/16 『錆と人間』 2015/11/26
小さな活字と向き合ってほぼ1か月、ようやく重い本を読み終えた。「こんな本を書けたらなあ」というのが僕の素直な感想。
『錆と人間』
(ジョナサン・ウオルドマン著・三木直子訳・築地書館・9月刊)
刃物を長く使わないと赤茶色に、公園の銅像は歳月を経て緑色になる。これを錆(さび)るという。そのメカニズムはよく知らないが、とにかく厄介この上ない。
錆は、人間が金属を利用するようになって以来の宿命と言ってよい。だから原著のタイトルは”RUST -The Longest War”(「錆-史上最長の戦争」)なのだろう。
とにかく面白い。11章からなる「全米錆行脚」。アメリカの錆にまつわるエピソードが、こんな大著になった。
マンハッタン沖のリバティ島に立つ高さ93mの「自由の女神像」。錆という観点からとらえると彼女は「手のかかる貴婦人」らしい。独立100周年を記念してフランスから寄贈されたこの像、建立100年を前に錆による崩壊の危機に直面し、全面的に修復された。その経緯を、復活に奔走した一人の人物を通して実に細かく取材し、興味深く書き上げた。これだけで1冊の本になりそう。
錆との戦いからフリーになるには、錆びない金属を作ればよい。それをstainless -steel(ステンレス)として実現させた英国人ハリー・ブレアリーの物語も、特許権という人間臭い話を交えて面白く読ませてくれる。
現代の暮らしは缶詰包囲網の中にある。魚、肉、ビール、ジュース、コーヒー・・・。だがもしこれらの容器が錆びてしまったら、安閑としてはいられまい。では缶詰容器はどうやって錆から守られているか。これに関心をそそられた著者は、業界が開く「カン・スクール」という講座に紛れ込んで缶業界の内側を観察する。そして一つの疑問「環境ホルモン」に到達する。遺伝に影響があるのではないかと疑われる、あれだ。
業界は否定しているものの、研究者の間では「缶業界は環境ホルモンの問題と真摯に向き合うべきだ」という批判が徐々に高まっているという。というのも、缶の内側に施されるコーティングは、厳重な企業秘密に覆われているからだ。さて日本国内で缶詰容器と環境ホルモンの関係が取り上げられたことがあるだろうか。
こうして書くと延々と続きそうなので、簡略に進める。
錆を最大の敵としているのはペンタゴン(国防総省)のようだ。陸も空も海も、兵器は錆に囲まれているに等しい。しかし軍というところは総じて新兵器にはご執心でも錆には冷淡だという。そこで活躍する「錆大使」の取り組みにも著者の目は向けられる。
アラスカの長大な原油パイプラインを錆(腐食)から守るため何が行われているか。著者の行動力は極寒の地にも及ぶ。1000キロを超えるパイプラインはどうやって維持されているか。
この本は、錆の科学を解説する教養書ではない。錆をめぐる人間たちのルポである。訳者はあとがきで、著者のことを「錆オタク」と書いてる。もの書きとして、こういう称号を与えられるのは実に名誉なことだ。僕もあやかりたいが凡人には無理か。
20年ほど前、知り合いの刀鍛冶さんから一振の刀を無償貸与してもらったことがある。手入れを怠らず、家宝のように大事にしていた。でも1年足らずでお返しした。刀を錆びさせないために、彼がどれほど注意を払っているか。僕はそれを知っていた。それが、返納した唯一の理由だった。
この本、よほどの暇人でないと、とても最後まで読めない。これが僕のアドバイス。
『錆と人間』
(ジョナサン・ウオルドマン著・三木直子訳・築地書館・9月刊)
刃物を長く使わないと赤茶色に、公園の銅像は歳月を経て緑色になる。これを錆(さび)るという。そのメカニズムはよく知らないが、とにかく厄介この上ない。
錆は、人間が金属を利用するようになって以来の宿命と言ってよい。だから原著のタイトルは”RUST -The Longest War”(「錆-史上最長の戦争」)なのだろう。
とにかく面白い。11章からなる「全米錆行脚」。アメリカの錆にまつわるエピソードが、こんな大著になった。
マンハッタン沖のリバティ島に立つ高さ93mの「自由の女神像」。錆という観点からとらえると彼女は「手のかかる貴婦人」らしい。独立100周年を記念してフランスから寄贈されたこの像、建立100年を前に錆による崩壊の危機に直面し、全面的に修復された。その経緯を、復活に奔走した一人の人物を通して実に細かく取材し、興味深く書き上げた。これだけで1冊の本になりそう。
錆との戦いからフリーになるには、錆びない金属を作ればよい。それをstainless -steel(ステンレス)として実現させた英国人ハリー・ブレアリーの物語も、特許権という人間臭い話を交えて面白く読ませてくれる。
現代の暮らしは缶詰包囲網の中にある。魚、肉、ビール、ジュース、コーヒー・・・。だがもしこれらの容器が錆びてしまったら、安閑としてはいられまい。では缶詰容器はどうやって錆から守られているか。これに関心をそそられた著者は、業界が開く「カン・スクール」という講座に紛れ込んで缶業界の内側を観察する。そして一つの疑問「環境ホルモン」に到達する。遺伝に影響があるのではないかと疑われる、あれだ。
業界は否定しているものの、研究者の間では「缶業界は環境ホルモンの問題と真摯に向き合うべきだ」という批判が徐々に高まっているという。というのも、缶の内側に施されるコーティングは、厳重な企業秘密に覆われているからだ。さて日本国内で缶詰容器と環境ホルモンの関係が取り上げられたことがあるだろうか。
こうして書くと延々と続きそうなので、簡略に進める。
錆を最大の敵としているのはペンタゴン(国防総省)のようだ。陸も空も海も、兵器は錆に囲まれているに等しい。しかし軍というところは総じて新兵器にはご執心でも錆には冷淡だという。そこで活躍する「錆大使」の取り組みにも著者の目は向けられる。
アラスカの長大な原油パイプラインを錆(腐食)から守るため何が行われているか。著者の行動力は極寒の地にも及ぶ。1000キロを超えるパイプラインはどうやって維持されているか。
この本は、錆の科学を解説する教養書ではない。錆をめぐる人間たちのルポである。訳者はあとがきで、著者のことを「錆オタク」と書いてる。もの書きとして、こういう称号を与えられるのは実に名誉なことだ。僕もあやかりたいが凡人には無理か。
20年ほど前、知り合いの刀鍛冶さんから一振の刀を無償貸与してもらったことがある。手入れを怠らず、家宝のように大事にしていた。でも1年足らずでお返しした。刀を錆びさせないために、彼がどれほど注意を払っているか。僕はそれを知っていた。それが、返納した唯一の理由だった。
この本、よほどの暇人でないと、とても最後まで読めない。これが僕のアドバイス。
by shimazuku
| 2016-11-26 12:22
| 雨読ノート
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