農業収入ゼロの百姓が気ままに綴る日々
by shimazuku
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
以前の記事
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
more...
最新の記事
雨読メモ27/18 『鉄道員..
at 2018-11-15 09:26
柴木川渓谷を歩く 2018/..
at 2018-11-11 22:12
雨読メモ26/18 『原民喜..
at 2018-10-29 16:00
雨読メモ25/18 『斗南藩..
at 2018-10-13 15:00
雨読メモ24/18 『昭和の..
at 2018-10-10 09:31
記事ランキング
フォロー中のブログ
日替わり定食
山に暮らせば
隣のカモミール ~妻ラン...
最新のコメント
よう言った! パチパチ!
by toshi at 20:01
同感!
by toshi at 10:21
山口のタクシー会社さんの..
by umiko0 at 07:57
umikoOさん、コメン..
by shimazuku at 19:13
幼いころのタンポポと言え..
by umiko0 at 10:38
涙が出そうなくらい残念な..
by yumeko at 11:10
ぷっ♪ ま、メグ・..
by umiko0 at 13:52
高すぎる 信じられん ..
by anglimala at 21:44
なんでもプレオープンの入..
by 本当の噂話 at 23:30
はじめまして、zakky..
by zakky at 07:24
メモ帳
ライフログ
検索
ファン
画像一覧

カルチャー教室「たたら」 2013/01/18

 正月明けからカルチャー教室で「たたら」をテーマに講座を開いている。週1回、3月まで11回、かつて中国山地で栄えた製鉄文化を検証するのがねらいである。受講者は僕より少し若い団塊世代を中心に10人。2010年春まで大学で講義していたころを思い起こしながら、慣れないパワーポイントを使ってスライドづくりに追われている。

 15日の第2回講座では、旧知の刀匠から借りたビデオで、島根県奥出雲町で毎冬行われている「日刀保たたら」操業の様子を観てもらった。百聞は一見に如かずのことわざ通り、みなさんスクリーンに釘付けだった。ただ映像では現場の熱さ、匂い、もうもうたるほこりといった臨場感は味わえない。

 それよりなにより、産業としてのたたら製鉄が中国山地から消えて100年近い歳月が流れ、歴史になってしまったのだから、理解してもらうのは容易でない。奥深い山中で炭を焼き、砂鉄を採取し、それらをたたら場まで運び、村下(むらげ=技師長)の指揮のもと炉に入れて3~4昼夜連続操業する営みは、確かに理解を超えた神秘的な営みである。

 僕が新聞記者になって初任地は松江だった。当時の島根県知事は大正10年代までたたら製鉄を家業とし、山林王と呼ばれた23代田部長右衛門さん。茶の湯に造詣が深く、自ら茶碗を焼き、書も達者な大旦那だった。島根県農協連の会長は代々たたらを営んだ桜井三郎右衛門さん。島根、鳥取の金融界に君臨した山陰合同銀行の会長もまたたたら一族の絲原武太郎さんだった。

 つまり島根の政治、農業、金融トップは、いわゆる「奥出雲御三家」が占めていた。1960年代はまだそういう歴史が息づいている時代だった。広大な山林、砂鉄採取跡にできる田畑の地主として、隠然たる力を持っていた。しかし、農林業の衰退とともに御三家の力も衰えた。

 たたらの話をしながら、駆け出し記者の時代を振り返ると、もう50年近く生きてきたことになる。たたらの歴史もさることながら、自分の歴史を記録する年齢になった。ああ。
[PR]
by shimazuku | 2013-01-18 11:32 | 中国山地 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://shimazuku.exblog.jp/tb/17644747
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。