農業収入ゼロの百姓が気ままに綴る日々
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山の異変-ナラ枯れ

2010/10/09(土)
 9月半ばから中国山地の北側、島根県中央部を行き来している。朝8時前に家を出て邑智郡に入り、旧知の人と会ったりお寺を訪ね回り、午後8時前に帰宅する日々。浜田道・瑞穂インターをおりて矢上盆地への途中に「縄文村」という一風変わった田舎野菜料理の店がある。店の主が印刷会社に勤めていた1980年、千代田で知り合った。店は原山(888メートル)の中腹にある。今月はじめ、盆地を見下ろしながら、秋の日差しのもとで半日語り合った。ふと見上げると、緑濃い山のあちこちが茶色く変色している。「マツ枯れ」ではなさそうなので聞くと「楢(ナラ)枯れ」だという。

 それにしてもよく目立つ。ぽつぽつと変色したところと面的に茶色になったところがある。ヘリコプターからでも見れば、ずいぶん広がっているに違いない。いまの時期だから目立つが、紅葉が始まればわからなくなるだろう。でも、見えなくなったからといって、問題が解決したわけではない。ちなみに中国山地では「ナラ」の木はひっくるめて「槇(マキ)の木」と呼ばれることが多い。

 林野庁の情報によるとナラ枯れは、カシノナガキクイムシという体長5ミリほどの昆虫がコナラやクヌギの幹に産卵する際、ナラ菌を持ち込んで広がり、それが原因で道管に通水障害が起きて枯れるのだという。2000年代はじめに日本海沿岸北部の山地から広がって南下し、2009年度の被害は23府県に及んでいる。対策はカシノナガキクイムシの侵入を防ぐため幹にビニールシートを巻いたり、塗布剤を使うなどの方法とフェロモンによる誘引殺虫法が実施されている。

 そういえば島根県吉賀町の安蔵寺山に登った時、登山道わきの直径1メートルを超えるミズナラの巨木にビニールが巻きつけてあった。よく知られた国有林の巨木なので、森林管理署が予防措置を講じたのだろう。ということは島根県はほぼ全域に被害が広がっていることになる。

 そんなことを考えながら今月はじめ広島県北・山県郡北広島町の大朝を車で走っていて畳山(1029メートル)の東斜面も茶色に変色しているのに気づいた。もう山を越えて山陽側にも被害が及んでいるのだ。

 1970年代、マツノマダラカミキリによる「マツ枯れ」が蔓延し、被害はいまも続いている。1980年代の半ば、中国山地を取材していてスギカミキリによる杉の被害が広がっていることを知り、緊急連載で警告したことがある。一部ではヒノキカワモグリガによるヒノキの枯死も見られた。そして今、ナラ枯れである。

 1960年代、燃料革命による薪炭生産の激減、拡大造林の掛け声のもと人工林化が一気に進んだのもこのころからである。広葉樹林が雑木林とさげすまれたころから、中国山地では人が山に入らなくなった。クマ、イノシシ、サル、シカなどによる獣害が深刻になる一方で、マツ枯れによるマツタケの減産、スギカミキリによるスギ山の価値低下、そしてナラ枯れの拡大。

 明治期まで中国山地は我が国最大の製鉄地帯として長い歴史を刻んできたが、高炉製鉄法の導入によって命脈を絶たれた。その後、家庭用燃料を瀬戸内沿岸の都市に供給したものの、それも化石燃料の普及で需要が激減した。広葉樹林を生業の場とする1000年以上の暮らしが終焉を迎えて、中国山地が「過疎」に直面したのが40年前。以後、少子高齢化が止まることなく進み、「中山間地」「限界集落」などという不名誉な冠をつけて語られてきた。マツ枯れに始まりナラ枯れに至る40年の歳月は、明らかに山から発せられるわれわれへの警告であろう。
 
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by shimazuku | 2010-10-09 23:54 | 中国山地 | Trackback | Comments(0)
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