農業収入ゼロの百姓が気ままに綴る日々
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雪そして年末読書 2018/12/29

 正月に備えてきのう、スーパー併設の書店で文庫本を5冊買い込んだ。雪もようの天気で屋外の仕事はできない。で、正月を待たずに本を読み始めた。着想のユニークさ、自由自在の展開を楽しませてもらっている浅田次郎さんの作品をまず手にした。昨夜、1冊読み終えた。

 今朝、目覚めると雪が積もっている(写真)。10センチくらいあろうか。雪空。周囲はモノトーンの世界。ワイフは台所でお餅をついている。しめしめ、こたつでもう一冊読めるぞ。朝から2冊目を開く。

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昨夜読んだのは2年前に単行本が出た短編集『獅子吼』(文春文庫)。6編のうちで表題作はおもしろかった。一人称で描かれるのはライオンと飼育係の若者という変則的な構成。

敗戦直前、空襲で檻を破壊され逃げ出してはいけないというので、動物園の猛獣を処分することになった。命令を受けたのが、飼育係をしていて軍に召集された若者。

  畜産科出身の18歳の初年兵は、兵舎で廃棄処分される肉片や骨を、上司の目を盗んでは動物園に運んで与えていた。親から「決して(怒)るな」というただ一言を教わって育ったライオンは、新兵の優しさを知っていた。そして自分に銃を向けながら撃ちそこなった若者に怒りを爆発させ獅子吼する。タイトルの獅子吼が実に効果的である。そして実に悲しく、切ない。

もう一冊の『夕映え天使』(新潮文庫)も、やはり表題作がいい。父子二人のラーメン店に「働かせてほしい」と転がり込んだ女性。自らの過去を何一つ語らず快活に働き、父子は彼女を頼りにする。しかしある日、突然いなくなる。しばらくして彼女の持ち物から出てきた店のマッチを頼りに軽井沢の警察から変死者の連絡が入る。

警察に駆け付けると、そこには大阪でうどん屋を営む主人も来ていた。うどん屋の主も、店の名刺を身につけていたため呼び出しを受けたという。ラーメン店の時と同じように突然の失踪だった。

遺留品といえばラーメン屋が買ってやった白いダウンコート、そしてうどん屋が贈った銀の指輪などわずか。ラーメン店では鈴木純子、うどん屋では佐藤ちよ子と名乗り、全国の失踪者リストにその名はなかった。

ラーメン店もうどん屋も、彼女の働きに深く感銘を受け、再婚相手にしてもいいとすら考えていた。二人にとって彼女は天使だったのに-。

 いずれも読んですがすがしい短編集だった。浅田さんありがとう。
 
 新年がよい年でありますように。


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# by shimazuku | 2018-12-29 15:57 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ 30/18『土 地球最後のナゾ』 2018/12/17

12日のブログで、喜寿の祝いに息子からスマホをもらったことを書いた。あれから『5日でわかるスマホ』(NHK出版)を開いて、あれこれ学習してみた。5日が過ぎた。電話はどうにかかけられそう。写真も撮れそう。でも、スマホデビューまでにはいくつもの難関がありそうだ。

            **********

 『土 地球最後のナゾ』

(藤井一至著・光文社新書・18/8月刊)

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 怒りや悲しみとは違って、笑いを誘う文章を書くのは実にむずかしい。ところがこの本は、内容は至ってまじめなのに、自虐ネタ、ギャグをはじめとして多彩な笑いがあふれている。物書きの道に進めば、芥川賞はむずかしいとしても直木賞なら狙えるかもしれない。

 著者の専門は地学でも地理学でもなく「土壌学」である。この道に入った動機が面白い。もともと植物が好きだったのだが、専攻するとなると草木の名前を覚えるのが大変そう。だが「土」は世界で12種類しかないから覚えやすい。で、農家の長男に生まれた著者は京大農学部で土壌学の道へ。

 その12種の土壌を順不同で紹介する。①泥炭土②ポドゾル③チェルノーゼム(黒土)④粘土集積土壌⑤永久凍土⑥若手土壌⑦黒ぼく土⑧強風化赤黄色土⑨ひび割れ粘土質土壌⑩オキシソル⑪未熟土⑫砂漠土。

 北極圏から荒涼たる砂漠まで、著者はスコップ片手に世界中を歩き回った。世界70億の人口は今世紀半ばにはほぼ確実に100億になる。その爆発的な人口増加に必要な食を支えるのは、言うまでもなく土である。100億の人口を賄える土があるのか。これが本書のテーマ。

 火山の多い日本には強い酸性の黒ぼく土が多い。そんな土を日本人は稲作に利用してきた。それを可能にしたのは水を蓄える技術だったという。

 粘土は植物栽培を助ける。だが、それも水があってのこと。乾燥地帯では粘土質の土はスコップで掘れないほど硬い。粘土つまり微細な土壌は養分を蓄えるには有効だが、同時に水の助けが不可欠なのだ。

 人類は、狩猟採取の時代でもそこに自生する植物に依存してきたし、穀物、野菜、果実を生産するようになってからは、より土壌との関係が深くなった。そして様々な工夫を凝らして食料を生産してきた。

40%を切ったままの日本の食料自給率。長い年月をかけて土を育ててきた先人の労苦を忘れて、食うために安易に土をないがしろにしてよいのか。やがて来るであろう土と水をめぐる世界規模の争奪戦を思うとき、目先の工業生産しか見ようとしない現在の政治の貧困に早く気づかなくては。

本書の副題に「100億人を養う土壌を求めて」とあるごとく、著者は笑いの行間で強い危機意識を抱いている。

最後に、研究者として著者の最大の難関はスコップと土を機内に持ち込むことだった。確かに、そんな乗客は稀有だろうなあ。


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# by shimazuku | 2018-12-18 16:46 | 中国山地 | Trackback | Comments(0)

77歳・スマホ 2018/12/12

 きょう12日、77歳の誕生日

 神奈川の長男夫婦からお祝いが届いた

 箱入りのスマホ…

 心遣い 涙が出るほどうれしい

ベートーベンの第九「歓喜の歌」

箱の中の添え書きには電話番号、メールアドレス

あちこちいじっていたら家族の電話番号も

でも頭の中はシューベルト「冬の旅」

なにせ携帯すらおぼつかない僕

ふと半年前に買った本を思い出した

5日でわかるスマホ」

これでわかるか 一度読んでみよう

それでだめなら広島の孫を呼ぼう


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# by shimazuku | 2018-12-12 14:56 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ29/18『ヤノマミ』 2018/12/03

 かつての仕事仲間8人が集まって、師走初日に忘年会を開いた。若手が幹事役になって年に2回だけ集まる。最年長は82歳、最年少61歳。やはり60代はよく飲む。

 丸のFA移籍、湯崎知事や松井市長の評価、同世代の消息、そして集まるたびに盛り上がるのが本の話題。この日は吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』、池井戸潤の『下町ロケット』…。僕がつい最近読み終えた一書を口にすると「俺も読んだ。あれはすごいルポだった」と同調してくれた。

*************

 『ヤノマミ』(国分 拓著・新潮文庫・2013年刊)

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 最近読んだというのがこの本。巻末を見ると、もう8年前にNHK出版から刊行された本の文庫化だった。著者はNHKディレクター。カメラマンと2人で、ブラジル・アマゾン奥地に生きるヤノマミ族と150日にわたって起居を共にした記録である。

 20092月と4月にNHKで放映されたようだが、映像は見ていない。

 ヤノマミ族は推定25.000人から30.000人。ブラジル国境を越えてベネズエラにまたがる密林に、時おり住まいを変えながら生きている。著者らは2007年から翌年にかけて断続的にワトリキという集落で暮らし、167人の共同生活を記録した。

 密林を切り開いた直径60メートルの巨大な円形住居。円の周縁部にヤシの葉などで葺いた住まいがあり、ここに167人全員が寝起きする。住居に壁や仕切りは設けず、したがってプライバシーはない。家族ごとに囲炉裏があり、寝るときはハンモックの中。円の中央は儀式やイベント広場として使う。

 電気はむろんない。著者はワトリキで暮らし始めた最初の夜の恐怖を綴っている。真っ暗闇、用を足すときは密林に行く。視界ゼロになると聴覚が異常に働く。響き渡る獣の吠え声、風の音、木が倒れる音。意味不明の話し声、笑い声、いびき、あくび…。遮蔽のない住まいでのセックス。

 男たちは昼間、鳥や獣など食料調達。女たちは魚とり、野菜の世話。著者たち新来者はヤノマミの歩く速さについてゆけない。女にさえバカにされる。次第に言葉を覚えると、住民との距離を縮めるのに難儀する。

 著者が何よりもショックを受けたのは出産で果たす女性の役割。産屋(といっても森の中)で産み落とした嬰児を育てるか否かは、すべて母親に委ねられている。育てないと決断すると嬰児を殺し、精霊として白アリの巣に埋める。育てる場合も胎盤は木に吊り下げて白アリに処理をゆだねる。出産に立ち合う女性たちも、男たちや家族も、結果がどうあれ何も言わず、議論もしない。

 彼らがナイフという鉄器を知ったのは1950年代から60年代初めではないか、と著者はいう。それまでは石器で生きてきた。1991年、ブラジル政府がヤノマミ集落の近くに保健所を置き、広大な面積を保護区に指定した。病気の治療が祈祷から薬品に変わった。ポルトガル語を勉強する若者も現れた。

 文明がひたひたと押し寄せる。ヤノマミはそれに抗えるのか。

 著者は日本に帰国して心を病んだ。彼らと起居を共にしたことによる逆カルチャーショックだったのかもしれない。細心の注意をはらって同居を認めてもらい、文明による<汚染?>を神経質なまでに排除しようとした著者の姿勢は、医師や人類学者とは異なる。そんな著者は今もヤノマミに関する情報を丹念にチェックし続けている。

 著者がワトリキの集落をもう一度訪れる時、変化が待っているのか、それとも変わらぬ暮らしがあるのか。


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# by shimazuku | 2018-12-03 12:06 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ28/18『ナショナリズムの正体』 2018/12/01

 土曜日の新聞は、読み終えるのに時間がかかる。土曜版に加えて、全国紙が日曜掲載だった読書欄を土曜に変えたからだ。これはと思う本の紹介に目を通し切り抜く。広告欄も丹念に見て、日付印を押し掲載紙名を書き込んでスクラップに貼り付ける。今朝は午前7時ごろから読み始め、貼り終えたのは9時半だった。

とはいえ、何の脈絡もなく切り抜くのだから、新刊の書名や著者を記憶するのは容易でない。たまに広島市内の大型書店に顔を出すときは、あらかじめタイトル、出版社、価格をメモしておいて本を探す。最近はたいてい文庫か新書で、3000円を超える本を買うことはほとんどない。

単行本が文庫になるまでに時間差がある。文庫で安く手に入れようとすれば、その時間差は甘受するほかない。

*************

 『ナショナリズムの正体』

     (半藤一利・保阪正康著・文春文庫・2017年刊)

 この本も2014年に東洋経済新報社が出版した単行本の文庫化である。3年の時間差があり、しかも僕が手に入れたのは文庫化から1年以上経っている。その時間差を勘案してもなお、2人の対談からは保守政治に対する危機感が強烈に伝わってくる。

 僕のお気に入りの歴史家が、<ナショナリズム>をキーワードに自在に語り合い、安倍一強政治を鋭く批判する。帯に「ネット右翼も自虐史観左翼もこの一冊で論破」「昭和史が教える『真の愛国者』入門」とある。お二人だけでなく編集者も相当気合を入れて編んだことがうかがえる。

 ナショナリズムには上部構造としての国家ナショナリズムと下部構造としての庶民(共同体)ナショナリズムがある、というのが2人の共通認識。共同体ナショナリズムは生活倫理・規範、自然との共生、伝統文化の継承などといった古くからの健全な庶民意識に根ざす。これに対して国家ナショナリズムは明治以降に為政者によって醸成された。国益、国威、国権といった対外的な意識を国民に教え込む形で作られた。教育勅語、軍人勅諭などがその代表であり、それが1945年の敗戦につながった。

 国家ナショナリズムを近代日本の過ちとするか、それとも肯定的にとらえるかで戦後の歴史観は分かれる。「南京大虐殺はなかった」「朝鮮人慰安婦問題は…」といった議論が嫌中・嫌韓につながり、一方でお題目のように<平和>を唱え続ける左翼の思考停止が続く。これが安倍一強政治によって、一気に国家ナショナリズムの舞台装置と化した。

 保阪さんは言う。「今の憲法は決して平和憲法ではなく、非軍事憲法にすぎない」。平和憲法を守ろうという左翼の論理は、「机上の空論」「非現実的な理想論」という歴史修正主義者の批判に対して無力化している、と。不幸なことに、これでは真の意味での憲法改正論議はできない。

 安倍政権は「沖縄県民に寄り添う」と言いながら、基地問題で米国と議論しようともしない。官邸の裏庭では改憲の道筋を探り続け、隣国との友好には努めず、いったい誰に、どこに寄り添っているのか。

 保阪さんが巻末の「憂うべき端境期にある日本社会」で、このまま国家ナショナリズムが進んだら①国際社会での孤立②相手国の強硬派を呼び覚まし③友好の基盤が崩れ相互不信-が深刻になると書いている。

だんだんと後戻りができなくなるのか。もう遅いのか。


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# by shimazuku | 2018-12-01 11:27 | 雨読ノート | Trackback | Comments(0)