農業収入ゼロの百姓が気ままに綴る日々
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春の淡雪 2019/03/16

 14日に続いて今朝も周りの山や田畑がうっすらと雪化粧していた。

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 このところ人の出入りが激しい。14日には僕の蔵書を引き取りに新聞社の資料部(いま正式に何という部署なのか知らない)から来てくれた。14日が2度目で段ボール箱25個をワゴン車に積み込んだ。

 在職中にたまった書籍などが書庫から消えてすっきりした。原爆、移民、東京裁判などテーマごとに分けて箱詰めし、一部は広島市立図書館に行く。あと残るのは北広島町の図書館へ寄贈する中国山地、たたら製鉄関係の資料だけ。

 こうして蔵書が、それを必要とする場所におさまってゆくのは、うれしいことだ。だれか関心のある人の目に触れれば、あるいは役に立つかもしれない。

 古本屋からよく聞かされた言葉だが、「蔵書は一代限り」という。だから古本屋が成り立つ。でも最近は古本屋も廃業が目立つという。新刊本が売れないのだから古本屋にお客が来ないのも無理はない。

 そういえば、大学の近くにたくさん並んでいた古本屋、いまどうなっているのだろう。間口の狭い店ばかりだったから、マンションに衣替えしているとは考えにくい。

誕生日の順番からいうと3番目の孫が中学校を卒業した。

もうすっかり関心が薄れたが、いま卒業、入試、そして入学と続くシーズンなんだ。僕にもそういう時期があった。ずーっと昔のことだけど。


# by shimazuku | 2019-03-16 10:11 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ 07/19『無私の日本人』再読 2019/03/12

 春がすぐそこまで来ている。でも冬用タイヤの交換はもう少し待つ。というのも3月の雪を幾度か経験しているからだ。春分の日がひとつの目安。

ノーマルタイヤも5年を過ぎて、新しいのを買い求めなくてはならない。12万円×4本=8万円4回目の車検まで4年。乗り続ければ80歳を超えてしまう。

普通車から軽への乗り換え、免許証の返納…。あれこれ考えるなあ。

          ****************

『無私の日本人』(磯田道史著・文春文庫・15年刊)

 磯田さんの本は『武士の家計簿』など45冊読んでいる。ここに取り上げる『無私の日本人』、実は2年前に一度読んだ。読むには読んだが、フィクションのような気がして、消化不良のような読後感が残っていた。

 たまたまテレビで『殿、利息でござる』というコメディ風タイトルの映画を見て、読み直す気になった。

 仙台藩の宿場町・吉岡宿で実際にあった話で、決して喜劇ではない。今日風に言うと商人たちによる町おこしの物語だ。宿場町の有力者たちがお金を出し合って、藩を相手に粘り強く交渉を重ね、ついに自分たちの願いを達成し、窮乏する町を立て直したというのである。

 『無私の日本人』は3編からなり、近世後期の名もなき市井人の類まれな生き方を描いている。その一つが『殿、利息でござる』というタイトルで映画化されたのだが、元のタイトルは「穀田屋十三郎」。

 これには磯田さんが下敷きにした『国恩記』という記録が残っている。さすが売れっ子の歴史家だけあって、目の付け所がおもしろい。

 市民がお金を出し合って財政不如意な藩に貸し付け、その利息で宿場町を救おうと話し合う。ところが、万事事なかれ主義の藩のお役人は責任逃れに終始して本気で処理しようとしない。それを辛抱強く説得し、ついには自分たちの宿願を達成するという、ある意味では痛快な取り組みである。

 これにかかわった宿場の有力者たちは、自らの功績を将来にわたって誇らないという堅い誓いを立てる。その先頭に立ったのが造り酒屋・穀田屋十三郎。十三郎はもともと宿場一の商家・浅野屋の長男だったが、穀田屋の養子になった。

 藩からの労役など負担ばかりで藩からの見返りも支援もが全くないなか、じり貧に陥った宿場を末永く保持したいという商家の思いをこの取り組みにかけ、ついに一途な姿勢が実を結ぶ。何度もくじけそうになりながら、浅野屋の一家離散覚悟の献身、穀田屋の粘り強さなど、随所に「無私」の精神が顔をのぞかせる。

 物語の舞台が3.11の東北だけに、8年前の地震被害と重なり合ってしまう。事実は藩と宿場の関係だが、ついつい政府のおざなりな復興対策が頭に浮かんでくる。

 ほかに幕末・京都を舞台に「無私」を貫いた大田垣蓮月、儒者として自らの生き方を曲げなかった極貧の学者・中根東里。この2人の生きざまからも、今日の人間関係の希薄さが逆照射される。

 磯田さんがこの本を書いた意図が、再読してはっきり分かった。たまにはこんな読書もいいもんだ。


# by shimazuku | 2019-03-12 22:09 | 雨読ノート | Trackback | Comments(0)

雨読メモ 06/19『日本軍兵士』 2019/03/02

 少し早すぎるとは思ったが、天気がいいのでトマトとスイカのビニールハウスを組み立てた。ついでにブドウハウスのビニールも張った。

 梅の花の香りがほのかに漂ってくる。いい雰囲気で春のお出ましだ。この調子だと、あと2週間ほどでツバメと再会できるかもしれない。

          ****************

『日本軍兵士-アジア・太平洋戦争の現実』

(吉田 裕著・中公新書・17年刊)

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 著者は1954年生まれ。つまり「もはや戦後ではない」というフレーズが違和感なく受け入れられ始めた世代である。そんな戦争を知らない世代が、あの戦争を戦った兵士を歴史として書いた。

 開戦から半年後、ミッドウエー海戦は米軍の情報を知らない日本軍と、日本軍の情報を的確につかんでいた米軍との差が勝敗を分けた。ここから日本軍は守勢に転じ、翌43年のガダルカナル戦は物量の差が歴然とする中、日本軍の死は戦闘によるよりもむしろ補給の欠如による餓死、病死が増えた。

 ここで著者は310万人と言われる日本人戦没者を分析する。そして戦没者の大部分がサイパン島陥落後の絶望的抗戦期以後に集中している事実を明らかにする。

絶望的抗戦期、戦闘によるよりも補給の寸断、食糧の途絶、医薬品の欠乏などによる死者が多いことを、部隊史などで証明する。例えばマラリアによる戦場での栄養失調、あるいは戦争に伴う神経症など戦闘以外の要因による死についても考察する。輸送船の撃沈、戦場での自殺、さらに「処置」という名の殺害など、理不尽な死。

さまざまな死を考察する中で、兵士が所持する武器の前近代性、兵器開発の遅れ、軍靴から飯盒にいたる装備の不十分さなど、およそ兵士を人間として扱ってこなかった日本軍の後進性が、いやというほど紹介される。

そしていま、あの戦争を肯定・美化する風潮なしとしない。

われわれの親たちが戦った戦争。敗れたことによって全貌はもはや知りようがないのかもしれない。それでも、著者が書き留めた日本軍兵士たちは「なぜあんな戦争をしてしまったのか」と問いかけているように思う。


# by shimazuku | 2019-03-02 17:00 | 雨読ノート | Trackback | Comments(0)

雨読メモ 05/19『動物のひみつ』 2019/02/26

 風邪をひいて10日になる。まだ完治していない。僕は熱には強いほうだが38度台が続くとさすがに不安になる。

 インフルエンザではない自信はあった。なにしろワクチン接種済み。予想通り医師は「風邪ですね」といって薬を処方してくれた。でも完全に治るのにまだ2,3日かかりそうだ。

          ****************

『子どもには聞かせられない 動物のひみつ』

(ルーシー・クック著・小林玲子訳・新潮新書・1月刊)

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 ただ「動物の秘密」ならファーブルだってシートンだってありだろう。気になるのは「子どもには聞かせられない」という前置きだ。

本の原題は THE UNEXPECTED TRUTH ABOUT ANIMALS 直訳すると「動物の意外な真実」。つまり想定外の実像というわけ。

 登場するのはウナギ、ビーバー、ナマケモノ、ハイエナ、コウモリ、カエル、パンダ、ペンギンなど13種。確かに知っているようで知らない生き物たちである。

 これらの動物は、過去どのように理解され、語られてきたか。それを一つずつ検証し、間違いをただし、意外な真実を提示する。

 ウナギはいまなお謎の多い魚だが、かつては土の中から生まれると信じられていた。二ホンウナギは太平洋のはるか沖の深海で生まれ、長旅を経て日本の川に戻ってくる。資源の減少に伴い、養殖を試みるものの、まだ生体のすべてが解明されたわけではない。

 ナマケモノは動作がのろまであるがゆえに、多くの人から軽蔑され、なおかつ適者生存の原則に反して生き続けている。それはなぜか。唯一、空を飛ぶ哺乳類であるコウモリはどうして飛べるようになったのか。パンダはなぜ生存が困難なほど小さな子供を産むのか。ペンギンは空を飛ぶのをやめてどうして海に潜り、子育ての時だけ陸上で暮らすのか。

 確かに知らないことだらけであるそれらを解き明かしてゆくと、人間が作り上げた動物像は人間にとって都合の良い理解の仕方であって、動物のことなど考慮されていない。

 たしかにパンダはかわいい。ペンギンも動物園や水族館の人気者である。だが、著者はいう。ペンギンは彼らの子育てに不可欠な石を見せびらかして売春をする。パンダは実は淫乱な生き物である。ナマケモノだって、生き残るために究極の選択をした結果、驚くほどスローな動作になったに過ぎない。

 とてもすべては書けない。著者が言いたいのは、動物を人間の鏡として教訓を引き出そうとするのは人間の身勝手だ。長い歴史を通してそれを繰り返し、人間にとって都合の良い動物像が出来上がったのだ。

 「こうした実像を示すためには、子どもに聞かせられないこともあるんです」。ユーモアの塊のような著者ルーシー・クックが、自らのイメージダウンを承知であえて挑んだ冒険。おもしろかった。


# by shimazuku | 2019-02-26 10:39 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ 04/19 『国家と教養』2019/02/18

 とうとうと言うか、やっとというか、一人前に風邪をひいた。なんとなく予兆のようなものがあって、早め早めに対策を講じたつもりだったが、侵入を許してしまった。

 かくなるうえは重症化する前に、早めに退散願おう。

          ****************

『国家と教養』

(藤原正彦著・新潮新書・12月刊)

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 『国家の品格』の著者が放つ画期的教養論-。少しばかりのあざとさを漂わせながら、書店のポップにこんな言葉が躍っていた。

 大学進学率が20%前後だった1960年代前半、教養という言葉には、ある種の憧れと同時に、変な表現だが恥じらいがこもっていた。憧れに通じるわかりやすい行動、それは「岩波新書すべてを読破する」こと。そして、恥じらいを示すのは、ある漫才コンビがすまし顔で口にした「教養が邪魔するなあ」という自虐的な表現だった。

 大学が大衆化する途上にあって、「教養」という言葉の評価が次第にマイナスイメージに転じる時代だったのだろう。過日亡くなった橋本治の「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている…」。これが、教養の衰退を象徴する言葉だったかもしれない。

 だが、著者は古きよき教養の復興を説く。曰く「教養なき国民が国を滅ぼす」「西洋由来の教養を疑う」…。

 著者は数学者である。お茶の水女子大名誉教授。父は『八甲田山死の彷徨』『剣岳<点の記>』の著書で知られる新田次郎、母は作家の藤原てい。

 1943(昭和18)年生まれというから、僕とほぼ同世代。やはり、教養という言葉にいいしれぬシンパシーを抱くのだろう。そしていま、教養が服を着たように見えて、実は裸という自分に気づかない「えせ教養人」のいかに多いことか。

 おっと、僕も「えせ」のひとりだったんだ。失礼しました。
 


# by shimazuku | 2019-02-18 11:11 | 雨読ノート | Trackback | Comments(0)