農業収入ゼロの百姓が気ままに綴る日々
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雨読メモ 08/17『1984年』 2017/08/14

神奈川に住む孫たちは大学、高校受験で帰らず、広島の孫たちは昨日まで3日間いただけで出雲へ墓参りに行った。われわれ夫婦は、少し涼しくなったおかげで、のんびりとお盆の休息。


稲穂が日ごとに色づき、その上をトンボが飛行している。家族を増やしたツバメが集合し、50羽あるいは100羽単位で電線に整列している。南へ旅立つには少し早い。


過日、しめ縄用の稲を緑色があせないうちに刈り取った。来月初旬の稲刈り本番を前にした予行演習のようなものだ。刈り終えた稲は年末のしめ縄づくり講座に使うようだ。当方は栽培するだけ、米を収穫するわけではないので、半日足らずで作業は終わった。


昼は高校野球、夕方からはカープ。阿部慎之助2000本安打。49人目。そんなにすごいことなのかね??

        ****************

1984年』(ジョージ・オーウェル著・高橋和久訳・ハヤカワ文庫)

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1948(昭和23)年に書き終え、翌49年に出版されたディストピア(反ユートピア)小説。共産主義であれファシズムであれ全体主義の恐怖をSFとして描いた作品。これまで未読だった僕も一応、知識としては知っていた。


「トランプ政権誕生で再びベストセラー」というキャッチコピーに乗せられて買ってきた。欧米では知名度の高い作品らしいが、僕と似たり寄ったりで実際に読んだ人は少ないらしい。


なにしろ第二次世界大戦直後という時代背景を頭に入れておかないと、頭が混乱する。おまけに「1984年」という時代は33年も前のことだから、余計ややこしい。


1950年代の核戦争を経て、1984年の世界はオセアニア(主に現在の英語圏)、ユーラシア(共産圏)、イースタシア(中国、日本などアジア圏)という3つの全体主義国家に分かれ、勝利することのない争いを続けているという設定。舞台はロンドン。


すべての国民が映像と音声で監視され、ビッグ・ブラザーと呼ばれるリーダーの元、歴史は党に都合のよいよう常に書き換えられている。2+2=5が正しいと信じ(させられ)ている。4が正解というと罰せられる。「戦争は平和である」「自由は隷属である」「無知は力である」というのが党のスローガン。


政府は「平和省(つまり戦争省)」「豊富省(配給・統制省)」「真理省(歴史改ざん省)」「愛情省(逮捕・尋問・処刑省)」などで組織され、国民は徹底した国家統制のもとにある。


あるときそれらに疑いを抱いた主人公は、別居中の妻とは別の女性と密会を重ね、禁止されている日記を書き、やがて捕らわれの身となって拷問を受ける。そして主人公は自らの反国家的な思想を捨て、いつか訪れる処刑の日を待ちながら党の思想に染まってゆく。


まったくおぞましい小説である。でもこういう国家は、ひそかに忍び寄ってきて生まれるかもしれない。日本を含め、いま世界にはそういう野望に心ひかれるリーダーがいないだろうか。

 ついでながら村上春樹の『1Q84』は未読である。果たして読むことがあるかどうか。


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# by shimazuku | 2017-08-14 11:33 | 雨読ノート | Trackback | Comments(0)

飽食の時代と食料自給率 2017/08/11

われわれは食べたいものはいつでも手に入る時代を生きている。それがどこで作られているか、多くの人はあまり関心がない。きのうの新聞各紙に「食料自給率38% 23年ぶり低水準」という記事が載っていた。

自給率の計算法にはいろいろある。農水省が発表したのはカロリーベース、つまり食べた食品をカロリー換算して国産品がどれだけだったかを示す数値。昨年度、胃袋に入った国産農産品はわずか38%に過ぎず、62%は輸入品だという。

家畜飼料を含む穀物の自給率を示す計算式もある。これは最近あまり見かけなくなったが、穀物だけだと自給率はなんと25%程度にまで下がる。米をほぼ100%自給してなおこの数字である。

大豆、小麦、トウモロコシの3品が、輸入依存度が高い御三家。大豆に至っては自給率5%に満たない。味噌、醤油など調味料、食用油、それに豆腐、納豆など日本の副食文化を支える大豆が輸入で成り立っている。これで「和食文化」を誇れるのだろうか。

60年あまり前まで、日本はほとんどの食料を自給していた。当時は買うお金も乏しかった。経済成長につれて繊維、衣料、家電、船舶、自動車の輸出が増え、その生産に必要な労働力は食料生産に従事していた農村から吸い上げられた。国民の生活レベルは向上したかもしれないが、労働力を失った農村は疲弊し続けた。

百姓のはしくれにいる僕は常々、不埒なことを夢想している。「国民が敗戦直後のように食糧難になったらいいのに」と。

飢餓は体験者にしかわからない。それが身にしみれば「食料は安価な途上国から買い、工業製品を売って儲ければよい」などとは決して言わなくなる。ヨーロッパ諸国は第二次大戦後、食料自給率を高めてきた。それに引き換え日本は下がり続けた。

本当の「平和ボケ」は憲法や国防への無関心ではなく「食」の実態に無頓着なことを言うのではないか。古人曰く「衣食足りて礼節を知る」と。食がなければ礼節もへったくれもない。
 
 ちなみに我家の食料自給率は動物性たんぱくを除いて100%。
 食糧難よ早くこい。

 


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# by shimazuku | 2017-08-11 08:59 | Trackback | Comments(0)

秋の七草って?  2017/08/05

秋の七草。前庭に桔梗、撫子、女郎花が咲いている。でもススキ、ハギ…ときてあとを思い出せない。こういうとき無理に思い出そうとすると焦るばかりでかえって逆効果。

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 ここ数年の間に、思い出す努力をしてはならないという教訓を得た。数分後か数日後にふっと記憶がよみがえる。ただし、何を思い出せないかを忘れることもまれではない。これでいいのだろう。

 あすは広島原爆72周年。暑い盛りに東京、広島、長崎を行き来したころを思い出す。でもたいていは忘れてしまった。

 安倍ちゃんがあの厚顔をひっさげて広島にくる。歯が浮くような美辞麗句を並べ、先の国連総会の核兵器禁止条約など無視し、何事もなかったかのように帰ってゆく。いいよ。あんたには頼まないから。

 いまの憲法がベストとは思わない。でも、あんたが考えるような憲法だけは御免こうむる。

 それはそうと、あんたまだ日本経済が上向くと本気で思っているのかね。そんなことを考えてると、かつてのイギリスの二の舞だよ。イギリスには議会制民主主義の伝統があるけど、日本はあんたのような人がいるからねえ。

 やがて忘れると思ったら大間違い。こういうことはいくら年齢を重ねても忘れないもんだ。よおくおぼえておきなさい。


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# by shimazuku | 2017-08-05 10:43 | Trackback | Comments(0)

憲法と心中??  2017/07/28

過去の世論調査が教えてくれる厳粛な真実がある。内閣支持率が下がり始めると、復元は容易でないーと。

安倍晋三にはおじいちゃんから託された宿願がある。

憲法改正。

「支持率とは無関係に、いまならできるかもしれない」

「そうだ。これだ」

来月3日、内閣改造。

一瀉千里に憲法改正を目指そう。

敗戦から72年。満を持して打ち上げたアベノミクスは失敗だった。あれやこれやとニューフレーズを乱発してみたが、どれもこれもだめだった。

歴史に名を留める長州出身の数多の宰相たちに伍して、ボクちゃんの名を歴史に刻むには憲法改正しかない。たとえ矢尽き刀折れてもボクはやるぞ。

憲法と心中だ。おじいちゃんだってアンポと心中したではないか。

コンナコトホンキデカンガエナイデネ。


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# by shimazuku | 2017-07-28 16:26 | Trackback | Comments(1)

平尾昌晃…そして音楽 2017/07/26

高校時代は暗い思い出ばかり残っている。ただ当時流行した音楽は不思議と覚えている。先日亡くなった平尾昌晃の「星は何でも知っている」、水原弘「黒い花びら」、パット・ブーン「砂に書いたラブレター」…。

平尾昌晃といえばロカビリー歌手。山下敬二郎、ミッキー・カーティスと組んだ日劇でのウエスタン・カーニバルはすごかったらしい。東京への修学旅行で、どうやってチケットを手に入れたのか、ちょっとぐれた同級生が興奮した面持ちでその舞台を聞かせてくれた。

詳細は記憶も記録もないが、禁を破って宿を抜け出した同級生の勇気に妙に感心したことだけは覚えている。

1950年代後半といえば、まだラジオと映画の全盛期。イタリア映画「鉄道員」や「道」のテーマ曲はラジオで聞き覚え、映画はあとで見た。テレビは電気屋の店先で見るだけだった。

ラジオを聞きながら大学受験の勉強? をするのが後ろめたかった。それでもペレス・プラードの「セレソ・ローサ」やポール・アンカの「君はわがいのち」をボリュームを絞って聞いた。

60年ほど前のほろ苦い想い出。


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# by shimazuku | 2017-07-26 17:59 | Trackback | Comments(0)