農業収入ゼロの百姓が気ままに綴る日々
by shimazuku
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
以前の記事
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
more...
最新の記事
雨読メモおまけ『広辞苑』第7..
at 2018-01-14 12:42
雨読メモ 02/18『食と日..
at 2018-01-12 17:57
柿の木の思い出 2018/0..
at 2018-01-09 15:57
雨読メモ 01/18 『蒼天..
at 2018-01-05 12:01
雨読メモ 14/17 『君た..
at 2017-12-21 16:19
記事ランキング
フォロー中のブログ
日替わり定食
山に暮らせば
隣のカモミール ~妻ラン...
最新のコメント
よう言った! パチパチ!
by toshi at 20:01
同感!
by toshi at 10:21
山口のタクシー会社さんの..
by umiko0 at 07:57
umikoOさん、コメン..
by shimazuku at 19:13
幼いころのタンポポと言え..
by umiko0 at 10:38
涙が出そうなくらい残念な..
by yumeko at 11:10
ぷっ♪ ま、メグ・..
by umiko0 at 13:52
高すぎる 信じられん ..
by anglimala at 21:44
なんでもプレオープンの入..
by 本当の噂話 at 23:30
はじめまして、zakky..
by zakky at 07:24
メモ帳
ライフログ
検索
ファン
画像一覧

雨読メモおまけ『広辞苑』第7版 2018/01/14

きのう昼前、電話が鳴った。「ご予約いただいていた本が入荷しました。お買い物のついでにお立ち寄りください」。首を長くして待っていた『広辞苑』第7版が予告より3日遅れて、ショッピングセンターの本屋さんに届いた。

d0165740_12280410.jpg

     <写真=広辞苑第7版。左の黒い文庫本がおまけ> 

 書店のお姉さんが「お待たせしました」と言って、真っ黒い特製のビニール袋に入った『広辞苑』を渡してくれた。特別定価8500円+税で9180円。袋には『舟を編む』の著者・三浦しをんの『広辞苑をつくるひと』という、書き下ろし文庫本のおまけが入っている。

三浦さんの6年前の本屋大賞『舟を編む』は、辞書の編纂をテーマにしたけっこう面白い本だった。『広辞苑』の編集者をモデルに書いたらしい。というわけで、辞書そっちのけで、150頁ほどのおまけを先に読んだ。

国立国語研究所と国語辞典のつながり、辞書に使うフォント(書体)のエピソード、挿入されているイラストの作者、辞書の函をつくる職人、最終工程である製本のプロフェッショナル、といった辞書づくりの裏話が(単なる辞書のPRにとどまらず)嫌みのないタッチで描かれている。

3時間足らずで読み終えて、「さすが岩波、うまいなあ」と感心した。

ところで、束見本という出版業界の用語をご存じだろうか。「つかみほん」と読む。本のカバーや函をつくるため、実物と全く同じ紙、同じページ数・サイズの、何も印刷されていない、いわば見本本。

僕も在職中に1000頁を超える年表はをつくったことがあって、その時に初めて知った。外見だけは本物そっくりだが、中身はすべて白紙の本だから何の役にも立たない。「出版屋さんてもったいないことするなあ」と感じ入って、いまも『年表 ヒロシマ』という分厚い本の束見本が書庫に眠っている。

さて新版『広辞苑』の「台湾」の表記が「台湾省」となっていて、台湾政府がクレームをつけるなど、早くも論議の的になっている。この辞書、これからも何かと物議をかもすかもしれない。


[PR]
# by shimazuku | 2018-01-14 12:42 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ 02/18『食と日本人の知恵』2018/01/11

きのう10日、雪がどっさり降った。40センチ。何年ぶりだろう。日が暮れてやっと除雪車が通った。

今朝は気温マイナス2度。ストーブたいても部屋がちっとも暖まらない。窓の外はモノトーンの世界。

 とりとめもなく買ったままの本たちが、「いつ読んでくれるんだい?」と催促している。

雨読メモ02/18 『食と日本人の知恵』
          (小泉武夫著・岩波現代文庫・2002年刊)

d0165740_17503670.jpg

 著者のことは日経新聞の「食あれば楽あり」の連載コラムで知っていたが、著書を開くのは初めて。本書も、産経新聞に連載されたコラムがもとになっていて、なぜか岩波が文庫に編集し直して出版している。現在17刷だから根強い人気があるようだ。

 自称「味覚人飛行物体」という変な肩書をもつ。東京農大名誉教授。こと食・発酵に関する限り、右に出る人はあるまい。

 この人の食論? は、外国伝来であれ固有のものであれ、日本人はとことんまで食を極め、文化にまで高める、という見解である。

一例をあげれば大豆―。豆乳、豆腐、油揚げは大陸伝来だが、それをさらに深化させて味噌、醤油を生み出した。そこには麹(こうじ)菌を増殖させてたんぱく質からアミノ酸を溶出させ、さらに酵母や乳酸菌で発酵させるという我が国独自の技を繰り出し、嗜好品を作り上げた。

 大豆を原料とする醤油、味噌によって食の幅を広げ、刺身、卵かけご飯、鰻丼、にぎり寿司、漬物の漬け床まで考案する。納豆にしても、大陸とは異なる微生物を利用して、独自の大豆文化に高めた。

 佃煮も、徳川家康が摂津・佃村から招いた漁民を佃島に住まわせ、高級魚は武家に、大衆魚や取れ過ぎた魚は醤油や味醂を使って佃煮や開きなど保存食にということで誕生した。江戸詰めの武士が土産として地方に持ち帰った佃煮や開きは、それぞれ地元に根を下ろして、今日の土産文化となっている。

 書けばきりがないが、微生物を巧みに利用した漬物、鰹節、日本酒、焼酎などは日本食を最高度に極めたもの。また魚食文化の多様性も、醤油を媒介として花ひらいたようだ。

 本との出合いは縁だと思う。この本も、書店で著者の名前を目にしたのが縁で我が家にやってきた。いい本に出合うとうれしくなる。


[PR]
# by shimazuku | 2018-01-12 17:57 | Trackback | Comments(0)

柿の木の思い出 2018/01/09

朝から雪。でも積雪はない。

昨年の今頃は山仕事に専念していた。いま、昨年山に積み上げた薪を家の周りにどうやって保管するか悩んでいる。なにしろ45年分はあるから、屋根も柱も本格的に作っておかねばならない。

ホームセンターで鋼管を買ってきてクランプでつないで屋根をかければ雨、風の心配はないだろう。少し大げさだが、せっかく作った薪なのだから、そうするのが一番かもしれない。

            **********

わが家の入口、道路を隔てた向かいに柿の老木が2本ある。子供のころから大きな幹だった。樹齢は100年を超えているだろう。

その柿の木、年によって違うのだが、赤い実がついたまま越年する年と師走までに裸になる年とある。今年は年を越した。ところが8日に見上げると、100個あまり残っていた熟柿がきれいになくなっていた。

d0165740_15561278.jpg

カラス、ヒヨドリ、ツグミが入れ代わり立ち代わりやってきて食べつくしたに違いない。地上に落ちた柿はタヌキが夜な夜な現われて、きれいに掃除してくれる。

そういえば昔、「献上柿」と呼ばれる実に大きな柿の木が集落に2本だけあった。広島のお殿様に干し柿を献上する特別な木だったらしい。それもいつの間にかなくなった。

年寄りに聞くと、「大人が小さなボールを打って穴に入れる遊びに使う道具にすると言うて、買いに来た」と言っていた。1950年代終わりごろのことだという。僕はゴルフをやらないが、ティーショットで使う耳かきの親玉のようなクラブにパーシモン(柿)と呼ぶのがあった。あれに使用したのだろう。

柿の老木を切ると材が真っ黒になった部分がある。あれでお茶道具の棗をつくったり床の間の銘木にしたりした。40年前、家を建て替えた時、廊下の板がすべてこの黒柿だった。解体屋さんが丁寧にはがして持って帰った。確かに黒光りしていた。

もう一つ思い出した。かつて山際の田んぼのそばに「こま柿」と呼ぶちっちゃな丸柿がなる木があった。これは食べる柿ではなく柿渋を採取する木だった。まだ青い実をもいで臼で搗いて樽の中で発酵させ、天井や柱に塗って材を保護するために使ったと聞く。

どんな字を充てるのか知らないが、「いっかんばり」という、古い竹の籠や笊(ざる)に和紙を重ね貼りし、それに柿渋を塗った褐色の容器があった。柿渋を塗ると水をはじくから、使い古した籠、笊を再利用したのだろう。でももう我が家にはない。

大竹出身の石本美由起作詞の「柿の木坂の家」という歌。「春には柿の花が咲き、秋には赤い実が熟れる」で始まる。柿の薄黄色の花が落ちる季節になるとメロディが浮かび、ひとり口ずさむ。


[PR]
# by shimazuku | 2018-01-09 15:57 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ 01/18 『蒼天見ゆ』 2018/01/05

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

正月は孫に付き合って疲れました。

3日に2人の暮らしに戻り、正月用に買っておいた文庫を1冊読みました。

           **********

 暮れに作家・葉室麟の訃報に接し、文庫化されたばかりの作品を手に入れた。藤沢周平を一回り小さくしたような作家。『蜩ノ記』『蛍草』『秋月記』『橘花抄』といった作品が書架に並んでいるが、さほど強い印象は残っていない。

雨読メモ 『蒼天見ゆ』(葉室麟著・角川文庫・2017/12/25刊)

d0165740_11501746.jpg

 幕末の混乱期、10歳の時、急進派によって両親を暗殺された青年が、明治政府の仇討禁止令(明治6年)を犯して敵と狙う判事を討ち果たす物語。フィクションではなく実際に起きた事件を題材にしている。

 秋月藩(現在の福岡県朝倉市)の重臣に上り詰めた臼井亘理は、藩の軍備を西洋化し、薩長を中心とする討幕グループに加わろうとする。しかし出世を妬む守旧派の一味に襲われ妻とともに惨殺される。

 残された息子・六郎は、父に何ら落ち度はないのに母ともども殺害されたことへの義憤から仇討を誓う。東京へ出た六郎は山岡鉄舟のもとで剣の腕を磨き、勝海舟とも面識を得て敵と狙う山本克己(一瀬直久と改名し裁判所判事として出世コースを走る)の殺害の機をうかがう。

 しかし、明治政府は仇討を禁じ、禁を犯せば罪に問われる。それでも六郎はあきらめない。最後の内戦である西南戦争も終わり、政府の体制も固まり始めた明治1312月、六郎は旧秋月藩江戸屋敷を訪れた仇敵をついに討ち果たした。警察に自首し、裁判で終身刑が決まる。

 明治憲法公布(明治23年)の大赦でようやく自由の身となり余生を生きる。

 この物語、どこかで読んだことがあるなと思って巻末の解説を見ると、あった。吉村昭の『仇討』の一編「最後の仇討」。これならもうずいぶん昔、長野への出張の帰りに松本で買って車中で読んだんだ。自分の記憶のいい加減さにはもう慣れた。


[PR]
# by shimazuku | 2018-01-05 12:01 | Trackback | Comments(0)

雨読メモ 14/17 『君たちはどう生きるか』 2017/12/21

スタッドレスタイヤで雪道を走ると、車が泥んこになる。タイヤが跳ね上げる泥、対向車のしぶき。あまりにも見苦しいので久しぶりに車を洗ってみた。

2月に2度目の車検。5年近く乗ると少々のキズは気にならなくなる。水洗いで少しだけきれいになったかな。

         ***********

『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著・岩波文庫・原著1937年)

d0165740_16153051.jpg
<左=マガジンハウスの活字本、右=岩波文庫>

 吉野源三郎といえば、雑誌『世界』の初代編集長にして、いわゆる岩波文化人の元締め、それに1975年に広島で開催された「被爆30年広島国際フォーラム」の世話人。

 僕が知っているのはそれくらい。『世界』は時々読んでいたが、熱心な読者ではなかった。吉野に『君たちはどう生きるか』という作品があることなど全く知らなかった。

 2か月くらい前、書店に同名の羽賀翔一作画の漫画があるのを見て、吉野と漫画のちぐはぐさが気になった。それがベストセラーになり、同じ出版社(マガジンハウス)から活字本も出ているのに気付いた。先月、郊外型大型書店に尋ねたら岩波文庫版は品切れだという。

 ないとなるとどうしても読みたくなる。広島市内に出たついでに書店をのぞくと、品切れどころか文庫コーナーに平積みされていた。岩波はほかの出版社と違って本屋さんの買い取り方式である。売れ残りを嫌う郊外型書店は、そもそも返本ができない岩波の本を仕入れたがらない。

 買ってきて一晩で読んだ。なにしろジュニア向けの作品だから300頁といっても時間はかからない。15歳の少年の日常と、少年の体験に対するおじさんの所感文からなり、ある意味で哲学的な本と言える。

 巻末に吉野本人が書いた「作品について」と題した小文がある。これを読むと本書は、あの『路傍の石』の山本有三が編纂した「日本少国民文庫」(新潮社・全16巻)の一冊で、本来は山本が執筆するはずだった。ところが山本が重病になり、急きょ吉野が書いて1937(昭和12)年に「少国民文庫」最終巻として世に出た。

 37年といえば盧溝橋事件に端を発し、日本が中国との泥沼戦争に足を踏み入れた年である。言論の自由すでになく、軍の暴走とそれを支持する政治グループが横暴を極めたころである。新聞は戦争賛美一色。そして41年真珠湾攻撃と続く。

 思想統制ですでに逮捕歴のある吉野が、編者である山本らと論議を重ねて出版に踏み切ったという事情を考えると、相当の覚悟をもって書いたに違いない。

 さて原著から80年もの歳月を経た2017年のこの年になぜ、漫画を含むこの本が売れているのか。北朝鮮の核・ミサイル開発を「国難」と煽り立て、巡航ミサイルの導入、憲法改正へと突き進む現政権の傍若無人ぶり。与党内世論も野党もそれを止められない無力感。それと1930年代の怯えとがどこかで二重写しになっていないだろうか。

 僕は漫画は大の苦手。でも漫画を読んだ若者の声はぜひとも聞いてみたい。手始めに14歳の孫に読んでもらおう。


[PR]
# by shimazuku | 2017-12-21 16:19 | Trackback | Comments(0)